「びっくりしましたよ」
食後のコーヒーを一口飲んで、霞流慎二は口元を緩める。
「まさか来られるとは」
「す すみません。突然こんなっ」
誘われたとは言え、突然押しかけて夕食をご馳走になるなど、やはり図々しかっただろうか?
気恥ずかしさに俯くと、慎二が声を出して笑った。
「どうせ木崎が強引にお誘いしたのでしょう? こちらこそ申し訳ありませんでした」
「い いえっ そんな」
「我が家はこの通り、寂しい家です。来客もほとんどない。たまには、美鶴さんのような華の存在が欲しくもなるのですよ」
華……… ですか?
自分など、到底華にはなれぬだろうに。そんなお世辞を言われると、余計に恥ずかしくなる。
祖父の栄一郎は、夕食には顔を出さなかった。
居候をしていた時も、食事を共にすることはなかった。病気ゆえだろうか?
病気、なのだろうな?
車椅子だったし、体調良好というワケではないだろう。
そんな意味のない事柄が頭の中を無駄に駆け巡り、気の効いた言葉も見つけられない。
何も言えないまま居心地悪そうにコーヒーを含む姿に、慎二は目を細めた。
「少し、伸びましたね」
「え?」
「髪の毛ですよ」
言われて思わず手を頭に添える。
こちらに着いてから、すぐにシャワールームを貸してもらった。服も借り、その間に美鶴のTシャツとジャージは洗濯されてしまっている。
レモンだろうか? 柑橘系の香りが髪の毛から漂う。
「暑くありませんか?」
「え?」
「髪ですよ」
「いえ 結構短く切ってもらいましたから」
それにかなり透いてももらった。伸びてはきても、まだ鬱陶しいと思うほどではない。
「そうですか」
呟いて、ふと己の背へ視線を投げる。
「まぁ 私に比べたら涼し気ですね」
意味ありげに向き直る。
「鬱陶しいでしょう? 男の長髪は」
「え? いえっ べ…… 別にっ」
「ふふっ 気を遣って頂かなくてもよいのですよ。自分でも女々しい髪だとは思うのですから」
「そんなコトありませんよ」
そうだ。霞流の長髪をみっともないだとか、鬱陶しいだとか、そんな風に思ったことはない。
――――― なぜだろう?
一見すると、実に気障りな髪型だ。聡がキザだと表現するのも理解できる。
美鶴が、毛嫌いする様相だ。
だが、なぜだろう?
朝焼けを受ける姿を思い出すたび、胸は苦しくなっても、疎ましいなどと思ったことはない。
「あの、以前はありがとうございました。母と一緒に泊めて頂いて」
話題を変えるつもりで、礼を言う。
「気にすることはありませんよ。むしろこちらも楽しかった」
そう言って慎二はコーヒーを飲み干すと、ふと空になったカップの底を見つめる。
何に考え込んでしまったのかわからず、戸惑う美鶴。だが、そんな彼女に気付かぬまま、ゆっくりと立ち上がった。
「よろしければ、今日はこちらに泊まられますか?」
「え?」
なぜ?
「部屋は用意させますよ。以前使っていた部屋が良いですね。場所も慣れておられるだろうし」
ちょっと待て…… いや、待ってください。
「と 泊まる? って、あの………」
目も口も丸くしたまま呆気に取られる姿に、慎二の顔が綻ぶ。
「今日はもう遅い。せっかくなのですからゆっくりされるといい」
「あっ いえ、そんなっ 帰ります」
時刻はまもなく九時をまわるが、帰るのに遅すぎるという時間でもないだろう。
なにより、泊まらなければならないという理由もない。
だが、慎二は意外にも食い下がった。
「何か用事でも?」
「いっ いえ」
驚いた。
美鶴の言葉に そうですか とあっさり納得するかと思っていた。用事でも? などと問うてくるとは、思いもよらなかった。
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